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2009年10月23日金曜日

メモー騒音機械


イントナルモーリ(intonarumori)という楽器?音響装置?の作り方を知っている方、いませんか?
これはウィキペディアによるとルイージ・ルロッソというイタリアの画家であり作曲家であり楽器発明家の人物が創ったモノで、「調律」と「騒音」の合成語で、「調律された騒音機械」という意味だそうで、オリジナルは第二次世界大戦によって喪われたそうで(ホントなのだろうか、そんな曖昧な原因て...ねぇ。)現存しないようです(図)。

仕組みはおそらく、箱の中にいろいろな発音源となるオブジェクトを収納して演奏家が操作することで、前方に設置された漏斗状の口から音が再生されるという感じだと思います。

数年前、NHKの番組『課外授業ようこそ先輩』で写真家の方が小学校に訪問する回で体育用具室を使って大きなピンホールカメラを生徒達と作るシーンがあったのですが、イントナルモーリの理屈とシンクロしました。

ピンホールカメラの原理って針穴みたいな小さな穴を介して光を取り込んで図像化されたシーンを映し出すということだと思うんだけれども、イントナルモーリの原理はピンホールカメラの逆転版かなと思いました。

音の発信源をボックスの中に隠蔽して前方にあるメガホンのような口からリプレゼンテーションする感じ?(あまり論理に自信がないです。)

あ、、、逆じゃないのか。一緒なのか。
受け手としてはピンホールカメラが映し出す映像の元は隠蔽されている訳だし、イントナルモーリもまた実際聴取できる音の元は受け手には分からない訳だし....

このことに関しては引き続き調査分析ということで。まぁ、ともあれ作ってみるか。

2009年9月24日木曜日

メモー祭りの後の気分

詩的。
詩を読まないから一般的な視点ではその言葉に合わないと思う。
外国の映画みたいに美しい詩を、蜜が溢れ出すように饒舌に、オンタイムで、
そんな思考は僕にはない。培ってきていない。

なんとなく、書き出しの瞬間ふとよぎった言葉が『詩的』。
きっと叙情的であったり、情熱的であったり、エキセントリックであったりするのだろうな、という曖昧な解釈でいるその語呂を使わせていただく。

だいだい物事を客観的に観察し、描写するには限界があるとハナからあきらめ続けたこのアタマとカラダが今更なにを思ってか文章を残そうなどと考え及んでいるのだからそういった風の常識は置いてけぼりにするほうがややこくない。

そうそう、詩的。そんなシーンがたまにある。
そんな風に鑑みるときの僕は大抵、自殺について考え始める。自殺。実際の行為に走ることはなく、ぐるぐると猫を猫かわいがりするときのように毛並みに沿ってアタマの中をなで回す。そしてグルテンが固まって『ぽて.』と黄土色の生地が右耳のちょっと上くらいから落ちてくる。そしてソレをコンバースで踏みつぶして終わり。
浅い推測とココロに浸透していく納得。安堵の瞬間。生への執着を宣言する。

『自殺』もまた『詩的』と同様、ボクの曖昧な解釈の産物。きっとそんなもんなんだろ、ぐっと心をつかまれたりする印象的な言葉なんてものは。

砂糖。これは甘い。絶対。口を不自由なく使うことができ満足な味覚さえあればこれは疑いの余地がない。なんかの本で読んだのだが先天的な疾患のため生まれてからずっと栄養を点滴で接種しており、唯一口にすることのできるモノは薬だけの人はそのニガイ味のする粉薬を『おいしい』と表現したそうだ。
なんだか昔、"味覚は生後3歳までに完成される"と聴いたことがあるが、そのひとはどのような感覚で美味と表現したのだろう。
その作用についても確か本に書いてあったと思うが、正確に説明できる自信がないのでやめようと思う。

未知、未経験の感覚というのは基準というものを自分の中で相対的に確立できないので実にミステリアス。絆されてしまう。