2009年9月26日土曜日

ご連絡ーLUHLAのライブ第一回終了

そうそう、
先週の9/21(月)に、LUHLAのバンド形式での初ライブをやってきました。
場所は渋谷のwasted timeというライブハウスで、19:00〜19:30のセットでした。

セットリストは以下のとおり。
01.波
02.untitled(Jazzっぽい感じインスト)
03.歩いても
04.eepsea creatures(前奏付き)

...MC含めて約20分。
いただいていた時間よりも10分近く早く終わってしまいました。
セッティングとか含めて考えていたのですが、よくよく考えてみたら出番は一番目。
セッティング時間必要ないよと。
けれど、バンド形態での初ライブだし、あまりクドくしてもしょうがなかったし、構成もその4曲でがっちり組めていたので良かったと思います。

バンドのメンバーも一生懸命準備したからとても楽しいライブでした。
技術的な点を指摘するとキリがないけど、不足をカバーできるパッションは伝わったと思います。
ホントに良いライブで、僕の今後の励みになりました。
来場してくださった皆さん、ありがとうございました。

今回、みなさんにあまり告知しなかったのは、
僕のライブへ対する気持ちの曖昧さにあると思います。
すいませんでした。

ようやく、音楽と真正面に向き合える状態になったので次回は皆様、ぜひ見に来てほしいです。絶対、損はさせません。....多分(苦笑)

次回は、11/15(日)に同じ場所、wasted timeに出演の予定です。
新曲それまでに作っておきます。ゲストも加えても少し豪勢にやりたいな。

今回のライブ映像をとってもらったので、YouTubeに近々アップする予定です。
お楽しみに!

そうそう、今回の最後の曲はLUHLAのマイスペースで聴けますよー。

2009年9月24日木曜日

メモー祭りの後の気分

詩的。
詩を読まないから一般的な視点ではその言葉に合わないと思う。
外国の映画みたいに美しい詩を、蜜が溢れ出すように饒舌に、オンタイムで、
そんな思考は僕にはない。培ってきていない。

なんとなく、書き出しの瞬間ふとよぎった言葉が『詩的』。
きっと叙情的であったり、情熱的であったり、エキセントリックであったりするのだろうな、という曖昧な解釈でいるその語呂を使わせていただく。

だいだい物事を客観的に観察し、描写するには限界があるとハナからあきらめ続けたこのアタマとカラダが今更なにを思ってか文章を残そうなどと考え及んでいるのだからそういった風の常識は置いてけぼりにするほうがややこくない。

そうそう、詩的。そんなシーンがたまにある。
そんな風に鑑みるときの僕は大抵、自殺について考え始める。自殺。実際の行為に走ることはなく、ぐるぐると猫を猫かわいがりするときのように毛並みに沿ってアタマの中をなで回す。そしてグルテンが固まって『ぽて.』と黄土色の生地が右耳のちょっと上くらいから落ちてくる。そしてソレをコンバースで踏みつぶして終わり。
浅い推測とココロに浸透していく納得。安堵の瞬間。生への執着を宣言する。

『自殺』もまた『詩的』と同様、ボクの曖昧な解釈の産物。きっとそんなもんなんだろ、ぐっと心をつかまれたりする印象的な言葉なんてものは。

砂糖。これは甘い。絶対。口を不自由なく使うことができ満足な味覚さえあればこれは疑いの余地がない。なんかの本で読んだのだが先天的な疾患のため生まれてからずっと栄養を点滴で接種しており、唯一口にすることのできるモノは薬だけの人はそのニガイ味のする粉薬を『おいしい』と表現したそうだ。
なんだか昔、"味覚は生後3歳までに完成される"と聴いたことがあるが、そのひとはどのような感覚で美味と表現したのだろう。
その作用についても確か本に書いてあったと思うが、正確に説明できる自信がないのでやめようと思う。

未知、未経験の感覚というのは基準というものを自分の中で相対的に確立できないので実にミステリアス。絆されてしまう。